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2011.06.18-19 今度はホント、A田船長キタル!

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冷涼な梅雨。九州は前線に居座られて散々な大雨だという。今週末は13日月曜日から入院している孫が当初予定通りなら退院するはずなのだ。良くなっているだろうか、元気だろうかといつも心配している。娘(孫の母)から何も連絡がないということはどうも退院に至るほど順調には良くなっていないということか。
e0183673_1413480.jpg午前中をそんなことで費やし、昼メシを済ませ、眠くなる前に家を出てマリーナに向かった。雨はまだ降り出してはいない。早朝と違って渋滞を覚悟していたが案外スムーズに流れ、14時半頃には到着できた。横浜に差し掛かる辺りからぽつりぽつりと降り出した雨はマリーナ到着の頃には本降りになっていた。船に荷物を放り込んでS飼艇に顔を出すとキャビンからA田さんの顔が覗いた。今日は久々に私の船の元オーナー、A田さんが、今度は本当に、来る日だったのだ。昨年の忘年会は体調不良で会えなかったから、まる1年振り位になる。e0183673_143360.jpg3人で話し込んでいるうちに宮川のO田船長も到着。今日はみんなA田さんが来るのを楽しみに集まったのだ。みんなの近況やクルージングの話、大震災の話と話題は尽きない。5時を回る頃、シンガリのT田船長が買出しも済ませて来てくれて全員揃う。手際のよいT田船長があっという間にごちそうを盛り付けて宴会の始まりだ。このところ我々の宴会は「火を使わない献立」にこだわっている。雨はいよいよ降りしきるがキャビンの中は笑い声でいっぱいだ。夏のミーティング日程も決まった頃お開きとなり、車で帰るA田さんをみんなで見送りに行く。雨はもう上がったようだった。

高齢いや、恒例、夏のミーティングを来る8月6日(土)に、いつものお宿で敢行します。
 メールでその旨お届けしていますが万一、来てねぇ~ぞと言う方いましたらお知らせください。

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by 50sankai-club | 2011-06-20 05:41 | 海遊び  

2011.06.04-05 風強し

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5月下旬から梅雨?変な年になってしまった。だんだん春と秋が潰れてきているようだ。台風と梅雨前線のおかげで雨模様が続いたがやっと太陽のある週末になった。e0183673_105181.jpg三浦半島には強風波浪、横浜にも強風が出ていたが案外吹いていない。ちょうど桟橋ゲートのところで昨晩ご機嫌で電話をよこしたT田船長と行き合う。これからシャワーだそうだ。S飼船長は今しがた出港したという。予報からして昼のナギまではイケそうだろうと私も追いかけて船を出した。無線はいつもの周波数で頼むとT田船長に託けたらしいが応答がない。無線機の故障のようだった。それにしてもサッと掃いたような雲が美しい模様を描き空が高くて気持ちいい。西の風で4,5ノットで走らせてくれる。e0183673_10532665.jpg観音崎方向に向けてセイリングを楽しむ。八景沖ではディンギーがたくさん出てレースなのか、時折ホーンの音がしている。行き交うヨットも気持ちよさそうだ。さっき横須賀沖と言っていたS飼船長艇が折り返してきたようだ。近づいて勇姿をパチリ。風も凪いで来たようなのでそのまま戻ることにした。ポンツーンに着けるとさっき会ったT田船長も出港したらしく船がない。W井船長を見かけたので聞くと出たのは30分程前だそうだ。片付け終わる頃T田艇も戻り、二人でワカメを採りに行く。メカブのうまそうなワカメが両手に余るほどとれた。案の定その頃には南西から西寄りの風が吹きわたり、マリーナ旗も出港注意に変わっていた。e0183673_1056918.jpg同じ並びのポンツーンから強風の中、おじちゃん、おばちゃんの4人で出港してゆく船がある。ポンツーンには彼らの折りたたみテーブルセットが残されたままだ。きっとすぐに帰って来るつもりなのだろうとその時は気にも留めなかった。
夕方買出しに行く時点で今夜は4人。先日同様、火を使わないメニューにこだわってみた。例によってT田船長が手際よく巧みな包丁さばきで食材をこしらえてゆく。日もだんだん傾き風はますます吹き荒れてきた。宴会準備も出来上がり、そろそろキャビンに入ろうかと思っていると、Vanに曳かれてヨットが入って来た。強風で操船不能になったのかエンジントラブルなのか定かではないが、港の外がどうなっているかは想像がついた。そういえばと昼過ぎに出て行ったヨットのポンツーンを見るとまだ帰港していない。出しっぱなしのテーブルの上の食べ物を狙ってカラスが来ている。大丈夫だろうか?e0183673_10572993.jpg人ごとながら心配になる。マリーナに連絡した方がいいかも知れないという意見もあって電話することにした。しばらくすると若いスタッフが出しっぱなしのテーブルを片付けにやって来たので安否を尋ねると無事帰港していたとのこと。ただし、別のポンツーンに着けて「テーブルセットがなくなってる!」と連絡があったそうだ。強風下で慌てて戻ったのか単なる勘違いなのかは知る由もないが珍しいことではある。翌朝早く、その船の方が一人静かに1本先のポンツーンから船を戻していた。
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by 50SanKai-club | 2011-06-08 06:55 | 海遊び  

2011.05.21 掛け持ち

e0183673_1038353.jpg例年のことながら孫たちの運動会の季節が巡ってきた。今年は大震災があり、その後何となく鬱々としていたが、今日は久々に晴れやかな気分だ。去年同様、運動会とマリーナを掛け持ちで回ることにした。一番でかいカメラバッグにデジタル一眼2台。それに望遠、広角に可愛い笑顔用に90mmも入れてと大荷物だ。ちょっとスナップ用にGRDⅢもポッケに忍ばせてぬかりはない。早朝高速を飛ばして早く到着。見るたびに大きくなったり賢くなったりで、私も人並みについついニヤけた顔になってしまう。会場はいつもの小学校で、毎年倅夫婦が親しい家族と場所取りに余念がないため私もいつしか違和感なく混ぜていただいている。うちの子人の子関係なく膝をねだられる。どうも体が大きいせいか、ふれあい動物園の象か何かと間違えられているようだ。これもなかなか良いものだ。この辺の運動会はとても「昭和」で子供たちも多いし、運動会にはジジ・ババから親兄弟みんな来る。昼には家族でお弁当だ。「うんどうかい」はこうでなくちゃいけないと思う。自分の子供たちの運動会の時は校庭自体が狭くこんな感じではなかった気がする。こんな和やかな風景は自分が子供の時の運動会以来で懐かしい。
とにかく演目は進みお天気ももってお開きとなった。頑張った孫を労ってやりたかったが、時間も押していたので帰りを待たずにマリーナに向かった。e0183673_10385899.jpgなぜ急ぐかというと、今日は私の船の元オーナーA田氏がみえる予定だからだ。それに伴い今は宮川に移った旧友も来られるという。マリーナ到着16時過ぎ。やはり宮川に移ったO田船長とS飼船長が談笑している所に行って、「A田船長は?」と聞くと「来ないよ。」の返事。????あれ? どうやら私がマリーナに行く予定だとメールした折に使ったメルアドが、A田船長から引き継いだ船名を使っていたのが原因で、誤報が駆け巡り私自身の所にもA田船長が来るらしいとこだましてきたらしい。(笑)まぁ、それならそれでということになり、取りあえずA田船長目当てに来られるY田船長にはその旨連絡を入れた。Y田船長もe0183673_1040260.jpgそれならそれで構わないよと予定通り顔を見せてくれることになり、いつもとはちょっと違うメンバーでの宴会になった。宮川のお二人は連休の荒天の中、稲取、下田、大島と回って来たとのことで連休の話に花が咲く。途中流石にドン吹きで停滞を余儀なくされた日もあったようだが、どの港でもそれなりに楽しんだようで聞く方も興味は尽きない。Y田船長はスポーツマンで市民マラソンなどにも参加されているらしく、とても還暦過ぎには見えない。船はもちろんだが今は30年以上続けてこられた茶道の方でもご活躍のようである。明日も早くからお茶の関係の用事があると言うのでみなの心配をよそに自転車で帰られた。O田船長は私の船で泊まることで引き上げる。e0183673_1040526.jpg彼はクラッシックギターの名手で、これまた人の心配をよそに多摩近くの自宅から三浦半島の先まで自転車で走破したりもする。今日は孫の運動会からマリーナの宴会まで大車輪だったが、そういうお二人を交えての宴会でとても楽しかった。キャビンにもぐり込んでギター話を熱く語るO田船長に相槌を打ちながらいつの間にか心地よく眠りに落ちていた。
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by 50SanKai-club | 2011-06-08 06:10 | 海遊び  

2011.05.14 新緑ランチ

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まだ何となく手放しで遊びに行く気になれず、週末は家事もあったので近所を徘徊して茶を濁して過ごすことに決めた。それにしてもこういう日に限っていい天気である。(笑)昼食を兼ねて散歩がてらに「ガーデン・スクウェア」内のイタメシLa Venturaに行くことに。e0183673_1004286.jpg
ここはつとに有名な店らしく調べてみると食べブログ系に沢山掲載されている。有名かどうかは私には関心がないが、緑あふれる中で食事できるのが嬉しくてお気に入りなのである。元は植木の生産販売をしていた所なのだろう(今も販売している。)広い庭に小洒落た洋館が緑に埋まるように建っていて、1階がCafeと植物、2階がイタメシという具合だ。以前一度来たが、やはり新緑のころだったような気がする。席に着くと、ついこの間終わってしまった桜の時期に来るんだったと後悔した。そうだ!最初に来たときもそう思ったのだ。デジャブーみたいに思い返した。レストランになっている2階はいっぱいに庭に向けて開け放たれてとても開放的だ。また、肝心な料理も丁寧でリーズナブルだ。
e0183673_1021169.jpg散歩にはちと大仰なカメラで静~かにバシャバシャ遠慮がちに撮る。席は満席で、この日は運よく飛び込みで空いていたが、どうやら常連は予約するのが常のようだった。
店のスタッフは忙しく動き回り、料理名と数を純粋なカタカナ発音のイタリア語で叫ぶ。客は老夫婦、アベック、家族連れといろいろだが誰もがみんな一様に静かに食べている。なんだか好対照で面白い。
ゆっくりと食事を終え店から表通りまで出ると、街の喧騒が排気ガスと共に戻って来た。ほんの少し引っ込んだところに、小さな森の中で食事が出来る場所があるのはありがたいことだと思った。散歩の後半は大きく回りながらうまいパン屋まで行くことにしよう。
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by 50SanKai-club | 2011-06-08 05:34 | 徘徊  

2011.05.06 寅さん

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大震災の日、勤め先の千代田区から中野区の自宅まで徒歩帰宅してみた。車道は駐車場と化し、歩道は人で溢れかえっている。やはり災害時は尋常ではないのだと実感した。広い交差点で歩行者横断に信号3回待ち、それでも渡れず遠回りを承知で途中までplan‘B’で行くが、これが相当遠回りとなってしまった。最短13キロ強だが、この日はそんなわけで15キロ。で3時間ちょいかかった。川のように流れる歩道では休むところもタイミングもなく、仕方なく歩き続けた。沿道のコンビニなどはどこもひどく混雑しており、立ち寄る気にもならなかった。あの日以来、しばらくの間は頻発する余震に怯えながら生活していた。体も揺れに敏感になってしまい、どこかにセンサーを組み込んだかのように微細な揺れにも感応できるようになった。
e0183673_9261942.jpg折角例年以上の雪に今シーズンはテレマークも精進しようと考えていたが、やはりこれもあの日以来消し飛んでしまった。そして大型連休も泣かず飛ばずだったがさすがに持て余し、気晴らしに念願の?「葛飾柴又です!」まで行ってきた。ご存知「寅さん」で見るよりもこじんまりとした街で、帝釈天の参道などもそれほど長くはなかった。駅前の「寅さん」に挨拶してから寺に向かうと随分立派な店が両側に展開していて浅草仲見世よりちょっと風情をとどめているような感じである。本堂に上げていただくとと、幾度となく映画に出てきた境内が美しく広がる。回廊に上がると御前様(笠智衆)と同じ目線で境内が見渡せる。今にも雪駄履きの寅が我次郎を追って山門から飛び込んできそうだ。e0183673_9274539.jpg楽しい妄想は尽きないが、その足で少し離れた寅さん記念館に向かう。途中葛飾区が保存してるという「山本亭」の庭先を通って表に飛び出すと記念館の真裏に出る。なぜ真裏なんだろうと首をひねるのだが仕方ない。回り込んで記念館に入った。この建物は巨大なトーチカのようで、横を流れる大河、江戸川の土手と一体化しており、建物の前後から階段を上るとそのまま土手に通じるようになっている。土手を川に沿って下れば水元公園。上れば矢切りの渡し。そういう所に建っているのだった。美術館、博物館の類ではないので展示物の数も多いわけではないが、寅さんという全48作の映画にまつわる展示物が面白く見られるように配置されていて、ちょっとロケ現場のようで楽しい。お馴染み「とらや」のセットなどは大いに気に入った。いたるところで映画の一場面が映し出されており、ついつい立ち止まっては見入ってしまうことになる。寅さんこと渥美清が逝って15年。思えばこのころの俳優は端役から主演まで、誰もが一切私生活の臭いをさせず正に「銀幕のスター」達だった。そのカリスマ性が作品を見る者に夢を与えたのだと思う。メディアに媚びてちょろちょろあちこちに顔を出さず、叩かれてもじっと沈黙し、作品の中でこそ生き生きと役を演じて見る者に夢を与える。そんな俳優堅気のある時代だった。渥美清もまた然り。だからこそ今でも寅さんも生き続けているのだと思う。映画の中の人物としてではなく、実際にいた男のように。
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by 50SanKai-club | 2011-06-08 05:20 | 徘徊