2011.08.06-07 第七回 船長ミーティング@長津呂荘

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珍しく夏らしい土曜日。今日は恒例の船長ミーティング@長津呂荘の日だ。どうせ泊まりがけでイッパイやるわけだから雨だろうが雪だろうが・・・と思うのだが、そこは気分というものだ。今朝は早朝に出て、マリーナに寄って・・・と思っていたが、昨夜の夜更かしが祟って6時半過ぎの出発になってしまった。e0183673_561176.jpg最初の行き先は宮川のA井船長が船底作業を繰り広げるという油壺造船だ。8時半頃、手掘り?トンネルを抜けて海賊の隠れ家のような造船所に到着すると、ちょうどA井船長の船を陸揚げするところだった。車を停め、桟橋から手を振るが船長は怪訝な顔つきで目を凝らしている。やがて愛艇SK25からテンダーに乗って上陸すると、「な~んだぁ、gkさんかぁ。e0183673_594929.jpg本当にこんな早く来るとは思わなかった。」であった。(笑)A井船長のSK25は確か国産ではバラスト比ナンバーワン。ワタクシの憧れの船だ。因みにずっと差がついて第2位がBlueWater。一人で大変じゃないっすかぁ?というが、毎年のことだからおっしゃる。そう、ワタクシも毎年基本的に一人でやるが、25Feetなら無理な話ではない。それにワタクシも、年に一度は船底と向き合ってみるのもいいものだと思っている。作業前に時間をとらせても悪いので、頑張ってくださいと声をかけて宮川に向かう。O田、T田両船長と落ち合うのだ。
夏の輝きの中に見る宮川は素晴らしくのどかで美しい。e0183673_5105665.jpgゲートをくぐるとポンツーンの向こうに船でくつろぐ二人が見えた。しばらくO田艇で談笑していると、O田船長が出港準備をしていた別の船の船長に話を付け、みんなでお邪魔することにしてきた。すっかりO田艇で出るものだとばかり思っていたので聞くと、時々ほかの船に乗せてもらっているのだという。そのためかどうも宮川では最近「O田船長はLongしか船を出さない。」という噂が定説になりつつあるらしい??
お世話になる船の船長M田さんは快く我われを迎えてくれて9時半頃に出港。狭い港口を出ると左舷側はずっと先まで定置網だ。東京湾から三崎に入る時によく船がトラぶる、ちょっと有名な定置網で、悪く言う向きからは「船捕獲用定置網」などというあまり芳しくない称号を与えられたりもしている。

お陰で三崎港東口を横切ってずいぶん沖だししてから城ケ島方向に舵を切ることになる。大きなうねりが小山のように押し寄せる。乗せていただいているM田艇は2GM搭載のルボン。元気よくうねりを乗り越えセイルアップできる地点まで出る。風はどうだろう、6~7mくらいだろうか。手際よくセイルがあげられるとパッと風をはらんで速度を増していく。いや~気持いい~!e0183673_5134936.jpg
海から見る三浦半島先端部は、これもどこか遠い島々の佇まいに似て美しい。O田船長は早速持参のダボを曳く準備。つい先ごろスキッパーM田・漁労長O田コンビで良型のサワラをあげたらしい。船は夏の快晴に岩肌を輝かす城ヶ島を見ながら西へと進み相模湾に入っていく。快晴下、西南西の風を登りながら岬めぐりを十分に楽しんで、三崎港を抜けて宮川に戻ったのはお昼頃だった。昼飯はO田亭のそうめん。用意があるのかと思えばこれから買出しという。この辺がO田船長の憎めないところでつい吹き出してしまうのだ。しかも買い物は誰かに行ってもらいたそうな口ぶりのO田船長。バイクで来ていたT田船長が行ってくれることになって嬉しそう。(笑)e0183673_5144357.jpgしかしその後は実に甲斐甲斐しい働きぶりで、シャキーンと冷えたおいしいそうめんの出来上がりとなる。
「よ~く働くねぇ!」と冷やかすとご本人曰く、ここに来てくれたからにはちゃんともてなすとのこと。現に先日も三宅を目指して途中寄港したT田、W井船長の時もいろいろ尽力してくれたと聞かされている。いよっ、ご立派!
先ほどお世話になったM田船長も愛妻弁当を差し入れてくれて、美味しく楽しい昼食をご馳走になった。みなさん、ご馳走様でした。
泳ぎたくなった!というO田船長をよそにワタクシとT田船長は3時頃まで日陰に隠れてマッタリとする。うとうとしかかるとO田船長が自船だけでは体力をもてあましてか、一家団欒の船にまで泳ぎ渡ってプロペラ掃除をやろうかと言っているのが聞こえる。海からの急襲に遭ったその家族は驚きのあまり恐縮することしきりの様子だ。とにかく世話を厭わないのがO田船長の信条なのだ。
元気印O田船長の気の済んだ頃、本日のメイン・イベント、恒例の船長ミーティング会場である城ヶ島・長津呂荘に向かう。O田ちゃりんこ(自転車)、T田バイク(オートバイ)、ワタクシブーブ(自動車)という、まるで右肩上がりの昭和の縮図のようなまとまりのある姿にて出発し、ワタクシとT田船長は途中で午後のお飲み物、おつまみの類を買出して宿に到着。
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すでに我々3人以外のメンバーは概ねお集まりであった。今回は11名。A田、A井、O田、S飼、T田、H澤、H沼、F谷、M口、Y田諸氏とワタクシである。夕飯までのひと時は、これも恒例となったがAperitif(食前酒)をやりながら文字通りゴロゴロする。油壺で船底作業中のA田船長もシンガリで到着し、面子もそろって話もビールも進む。中でもT田船長は、W井船長(今回は所用で欠席)と、つい2週間前三宅島に行ってきた。そのときの写真をみんなで拝見しながら島巡りに花が咲く。e0183673_5222726.jpgみなそれぞれに近況やら船の話でひとしきりおしゃべりに興じた後、ひとっ風呂浴びてさっぱりしたところで夕食となる。一階の和室二間をぶち抜きにした宴会場に長いテーブル。海辺の宿らしい料理が並んで宴会の始まりだ。
毎回のことだが我々の宴会はたけなわになっても、仕事の飲み会と違って徳利片手に歩き回る輩もなく、概ね自分の席にどっかりと腰を落ち着けて周り同士でワイワイガヤガヤとやるのだ。たまにみんなの話が一つになったり、また分かれて別々の話にもどったりして聞いていると面白い。飲むも飲んだり、食べも食べたりした後は、また二階の部屋に河岸を変えてゴロゴロ、ちびちびとやる。それを潮に早く部屋に引き取って休む人もいて気ままでよろしい。
そのうちお開きとなって横になるが、真夜中から表の磯で若者が大声ではしゃぎ出す。眠りが浅くなるたびに五月蝿い。最初に気がついたのは2時頃だった。朝方まで何度か煩わされるが、ああいう類に付物の花火がなかったのでさほど苦にもならなかった。しかし、うとうとしながら思うに、五月蝿くもあるがやはり若いというのはいいものだと少し羨ましく思えた。
e0183673_523447.jpg全員無事朝を迎え!?、これもまた海辺の正しい和食を頂く。しばらくすると「お代わり!」の声がそこここでする。「居候、3杯目にはそっと出し。」などという川柳を思い出すが、もちろんワタクシたちは居候ではないし、しかもまだ二杯目。ついでに「居候、亭主の留守にしそうろう。」なんていうのもあったっけ、などと余計なことまで思い出して可笑しくなる。う~ん、まだ少し悪い酒が残っているようだ。
とにかくみなさん食欲旺盛!今日も元気だ朝メシが美味い!
玄関でお約束の記念写真を撮り、「また冬に!」と言い合って今回も恙無くお開きとなった。
想えばこの集まりも2008年1月、BlueWaterのレストア祝いを兼ねた新年会で出た話が実を結んで、今回で4年、7回を数える。定宿は葉山から城ヶ島に移ったが、また今年もみんな元気に忘年会で会えるといいなぁと思う。
そのときまで皆々様、ご安航を。

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by 50sankai-club | 2011-08-10 05:27 | 海遊び  

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