2013.01.12~14 天国と地獄の三連休

e0183673_17473479.jpg

退職にまつわる宴会、忘年会と年末がパタパタ過ぎ、29,30を日光ですごして正月は静かに迎えることができた。新春最初の週末は、社会人として一応一回り終えたこともあり、大学の恩師、宇野重明先生を同輩とお訪ねした。師は数少ない私の頭の上がらない恩師である。
e0183673_17492294.jpg4日には仕事始め、8日には社の新年会と角松が取れるといつもの日常が戻って来る。12日からの三連休を楽しみに1週間を過ごし、珍しく好天の連休第一日目、マリーナに向かった。持参した荷物の整理も後回しにして出港準備。
実は今年最初の船出は先週の5日(土)だったが、その時はバッテリーをオンにした途端ビルジポンプが回り出し、来合わせたS飼船長に助けていただいて応急修理してからの出港だった。原因はビルジポンプのセンサー部分の腐食でオン状態のまま錆ついていたのだ。しかし、元々セイルドライブで、譲り受けたときから船は完全にドライだったのでビルジのスウィッチなどは触っていないのだが・・・・?と不思議でならない。e0183673_17502598.jpg
今日は大丈夫だろうかと思いつつイグニッションを回すと快調な始動にほっとした。ポンツーンを離れ港内中央に出ると、どこかで見たようなルボンが、やはり出港準備をしている。目を凝らすまでもなくそれがO田船長の愛艇だと分ったので声をかける。最初きょとんとしていたが、向こうも私だと分って、お互いに手を振り合い接近した。聞くと、長いドック作業も終わりこれからホームポートに帰港するのだという。途中まで見送るよと言うと、いっそのこと宮川まで来たらと軽口が返って来た。
e0183673_17574617.jpg彼もエンジンを2YMに載せ替えたのだ。八景の辺りまで機走で並走し、互いにフルスロットルにしてみたりして走り比べを楽しんだ。住友重工のドックを過ぎる頃に別れを告げて舳先を戻し帆走にきりかえるが、風は弱々しく定まらない。仕方なく機走に戻し魚探を見ながら流すことにした。魚探に映る魚影はたくさんあるのだが、棚が違うのか、魚種が違うのか、それよりやはり腕が悪いのか、アタリはさっぱりない。昼近くなり、腹も減って来たのでマリーナに戻ることにした。それにしても今日は良い天気で日差が暖かい。e0183673_17585242.jpgのんびりとマリーナに近づき、セイルダウンしようかという時に電話がかかって来た。出るとT田船長だ。今どこ?と尋ねると9時の方向と言う。逆光に目を細めると案外近くにT田船長がいた。T田艇も長らく機関の不調で点検を余儀なくされていたのだが、今日はセイル干しに出てきたとおっしゃる。セイルダウンは後にしてT田艇の方に舳先を向けた。
今までの機関不調がウソのような走りだ。互いに写真を撮りながらしばらく遊んでマリーナに戻った。
One,Tow Finish?で戻って来ると、懐かしいM口船長の顔が見えた。船を処分して1年間離れていたのだ。e0183673_17595087.jpg今度はルボンを手に入れて戻って来た。拝見させてもらうととてもきれいなルボン。ワンオーナーで大切に乗っていた船だという。素晴らしくコストパフォーマンスの良い買い物だと思う。以前のマイ・レディーもセンス良く乗っていたM船長と出合えて、このルボンも幸せだと思う。これから初出港してそのままヤードに上げるという。
午後は急に西が吹き上がり天気晴朗なれど風強しとなる。O田船長は大丈夫だろうか?夕方T田船長と買い出しに出かけ、夜は二人酒。(笑)
翌日曜。今日もいい天気だ。予報では三連休最後の月曜は太平洋南岸を低気圧通過で大荒れと言っているが、にわかに信じがたいほどの上天気だ。
T田船長とゆっくり朝食をとって、G藤船長やS飼船長と入れ違いに帰路に着いた。
夜半には雲に覆われるが風も穏やかで、連休三日目はスキーに行くことにして休んだ。朝起きると雨であったが、現場は雪だろうと家を後にする。今日は八千穂にでも行こう。ちょうど雪なら抜群のパウダーが降るはずだ。
案の定雨は雪に変わり、スキー場近くでは車のアイサイトがダウンするほどの降雪だ。去年来、この八千穂にはよく来る。雪が良いのだ。午前中ひたすら滑り、帰りの混雑を見込んで早めに退散する。佐久市街を抜け、上信越道に向かうが、ナビが通行止めの情報をキャッチした。疑心暗鬼になりながらもICに向かうが入口で松井田・妙義山まで通行止めだ追い返される。これが地獄の始まりだった。
ノロノロと、延々と続く車列。ひたすら我慢の17号線で入山峠に差し掛かると、大型トラックがいたるところで立ち往生している。そのうちパトカーはもちろん消防車やら救急車やらがこちらに向かってくるし、レスキュー隊員までが徒歩で駆け上がっていくヤバい状況となった。e0183673_1804383.jpg軽井沢をやっと過ぎ、松井田・妙義山に着くまでに数時間を要した。やれやれと上信越道を走りだした途端、目に飛び込んできたのは関越自動車道、本庄・児玉~練馬閉鎖の文字!
太陽に吠えろの誰かではないが、なっじゃぁ、こりゃー!である。首都高閉鎖はまだしも、雪国をまたぐ高速がいとも簡単に閉鎖とはなんという脆弱さ!
嘆きながらも藤岡で高速を降り、再び17号線死の行進。大宮バイパスなどは2mずつしか進まず叫ぶ元気もうせてしまった。記憶とナビを駆使して雪に閉ざされた住宅街を疾駆して、ようやく自宅に着いた時には15日の午前2時を回っていた。早朝4時半に家を出て、約3時間の往路、同じく3時間程度の練習、そして約14時間の帰路。
私の満61歳は、こうして始まったのだった。
[PR]

by 50SanKai-club | 2013-01-20 18:02 | 山海複合  

<< 2013.02.23 梅、まだ... 2012.12 それぞれの12... >>